話の広場
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愛知県江南市の藤の花

「藤の花」について話をさせて頂きます。
この地区愛知県では、江南市にある曼陀羅寺公園の藤が有名でございます。今までの藤が美しさを失いつつ有りましたので、江南市は06年度から3年計画で改修されています。
06年度、江南市の改修予算は、約9400万円を掛けての整備です。
藤棚再生のほか、藤の特性を生かした種類別、色別の配置、藤棚面積の倍増などが行われています。今年は、第42回江南藤祭りが開催です。
連休中の曼陀羅寺公園では、午後6時から9時までメインの藤棚がライトアップされます。
この公園の藤は、早咲きから遅咲きまで、色は、紫は勿論、紅色や白色まで、房は長く優雅な花房から、短く可憐なものまで、12種類で約120本が咲き誇ります。
過去に我家の奥さんが台北延平ロータリーのご夫人方をお連れして大変歓ばれたと聞いております。お時間が有りましたら是非、鑑賞に行かれては如何でしょうか!
(2006年4月:電気新聞より)

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台湾名産「からすみ」の由来

からすみ【即鯔・すなわちぼら】の卵をからすみに作ったのは、100年前の日本の長崎の魚師で、くふうした押し漬け法が、台湾に伝来してきたものです。その形が中国の唐墨に似ているところから、【からすみ】と称されてきました。
古来より、「からすみ」は、台湾、日本、トルコ、ギリシャの民族に愛好されてきました。現在、台湾では数少ない高級贈答品として愛好され酒席の肴として珍重されております。からすみ → 台湾 → からすみの因縁絆は切り離せず、世界に名を馳せる台湾名産です。
台北市延平北路・永久号の説明から・+886-2-2555-7581

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ロータリーの心を次世代につなごう (若者を育てよう)

国際ロータリーは、ロータリーの綱領は、有益な事業の基礎として、奉仕の理想を鼓吹し、これを育成し、特に次の各項を鼓吹育成することにある。(Object of Rotary)
第1 : 奉仕の機会として知り合いを広めること!
第2 : 事業および専門知識の道徳的水準をたかめること:あらゆる有用な業務は尊重されるべきであるという認識を深めること:そしてロータリアン各自が業務を通じて社会に奉仕するためにその品位をあらしめること:
第3 : ロータリアンすべてがその個人生活、事業生活および社会生活に奉仕の理想を適用すること:
第4 : 奉仕の理想に結ばれた、事業と専門職務に携わる人の世界的親交によって。国際間の理想と親善と平和を推進すること。
四つのテスト(TEST4−WAY TEST) 言行はこれに照らしてから(Of the things we think, or do )
? 真実かどうか ? みんなに公平か ? 好意と友情を深めるか ? みんなのためになるかどうか を実行するよう求めている。
国際ロータリー2650地区・パストガバナー・京都RCの元会員・西村大治郎さんは、ロータリアンとして10徳が出来ると皆さんに伝えられた。
視野が広くなる ?行儀が良くなる ?人柄が謙虚になる ?要望が上品になる 万事に几帳面になる。社交的になる。話題が豊富になる。話術が巧みになる。心が子供のようになる。良質の友達に恵まれる。
講演者:小林哲夫氏の略歴・1960年立命館大卒、(財)京都キリスト教会勤務・学生時代に伊勢湾台風の救援部隊の一員として活躍、社会人になってから、青少年活動で活躍、ロータリーの教えを若い人に伝えてきた。1988年4月から茶道裏千家(財)今日庵に勤務・千 玄室前家元の秘書、現在は2004年国際ロータリー国際大会事務総長補佐として全国を廻る
2004年 2月18日 : 国際ロータリー第2760地区・西名古屋分区・IM・小林哲夫氏【RID2760地区パストガバナー京都南RC】の講演より

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日本銀行から今秋 (2004年)新紙幣登場

新渡戸稲造の五千円札も今年で最後。今年の秋からは明治時代の小説家、樋口一葉になる。千円札は小説家の夏目漱石から、細菌学者の野口英世に変わる。国立印刷局では、現在、新紙幣の印刷が急ピッチで進められている。秋迄に約30億枚の準備が必要だからである。

新紙幣は日銀の窓口から金融機関を通じて流通してゆく。市場にある発行済みの現行紙幣は100億枚を超えており、日銀は2〜3年で新旧がほぼ入れ替わると見ている。

Q:裏のデザインはどうなるのか?

A:裏の図柄も変更になり、新一万円札は表の肖像画は福澤諭吉に変わりはないいが、裏の図柄は雉(きじ)から鳳凰(ほうおう)になる。京都府宇治市にある平等院にある鳳凰像だそうだ。五千円札は富士山から燕子花(かきつばた)に千円札は丹頂鶴から富士山と桜に変わる。

Q:女性の肖像画が使われるのは初めてか?

A:正確には1885年に紙幣が日銀券になってから初めてである。それ以前、明治政府が発行した政府紙幣の中に神功皇后の肖像を使ったものがある。日銀券でも二千円札には女性である紫式部が登場しているが、これは肖像ではなく図柄だったようだ。

Q:海外の新紙幣の状況は?

A:最近では。アメリカが2003年に20ドル札を新紙幣に切り替えた。カンダは2002年に新5ドル札を発行している。欧州では2002年1月にユーロの銀行券が発行された。

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価値創造「光」が原動力(ノーベル賞受賞者・晝間輝夫氏の講演会から)

浜松ホトニクスの晝間輝夫社長が『出来ない』と言わずにやってみろ!と題して、第342会中日懇話会で講演した。出席者を前に「わからんこと、知らんことを見つけるのが科学」と、光技術の重要性を訴えた。

【ビジネスの極意】
人類は、すべての知識を集めても知らないことがいっぱいある。30年数年前に外国で研究者と話をして、科学とは心理を追いかけるものだと分った。産業は競争だが、その極意は「これをしっている、できるのはおれだけだ」ということを見つけること。勝つためには人類の未知未踏を見につけなければならない。明治以来、日本は外国の技術導入や産業の模擬に終始した。

だが高柳健次郎先生(浜松ホトニクス創業者、堀内平八郎氏の恩師)は、光を電気に変換するテレビジョン技術を日本で最初に始めた。幸運の女神は、前髪はフサフサだが後ろ髪はない。だから前から髪をつかむしかなく、誰かのまねでは(髪のない)後ろからつかもうとするようなものだ。

【光の魅力】
(光を構成する)光子は、電子の軌道を制御しており、原始同士を結びつける役割。もし光がなければ、暗闇になるどころか物質自体が作れず、われわれは(分解して)ドロドロに溶けてしまう。

いわば、光はモノをつくる”のり”みたいなものだが、知らないことは山ほどあり、光技術は非常に奥がふかく、独自の境地を開いていける。例えばポジトロン(プラス電子を持つ陽子)を利用して、人間の生態機能を解剖せずに調べられ、がんなどの病巣をを早期発見、治療に役立てられる。また日本は、原材料がない、エネルギーが高価、土地が高いという三重の荷重があるが、これを克服しようと30数年前から(無限のエネルギーが生み出せる)レーザー爆縮核融合や、日本しかない産業用原材料の生成に取り組んでいる。

ビジネスは、人類に新しいピジョンを与え、新しい価値を生み出すものでなければならない。そのための原動力が光ではないかと思う。小柴昌俊東大名誉教授がノーベル物理学賞を受賞したニュートリノの発見も、もともとは陽子の崩壊を測る狙いで始まった。全身全霊の努力があってこそ何かが出てくるのではないか。そのためには目先の問題を素朴な心で考えるしかない。

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一  身  独  立 (中部電力社長 川口文夫氏の福澤諭吉協会への寄稿文より)

私が福澤諭吉に心酔。傾倒するようになったのは、今から15年ほど前、『福澤諭吉 中津からの出発』(横松 宗著)に出会ったことからです。電力会社の情報システム部門において新しい別会社の設立準備をした後、引き続きその会社へ出向くこととなった私にとっては新たな「出発」でした。私が所属していた情報システム部門は社内で格別の「小藩」でしたが、そこから出向いた別会社から、もう戻ることはない気持ちでした。
その会社で、入社してくる社員になにがしかの教育をと、手にした本がご縁で、それ以降、福澤諭吉の著書に親しむことになりました愛誦 する福澤諭吉のことばを挙げるとすれば。「一身独立」です。『学問のすゝめ』における「一身独立して一国独立する事」、『文明論之概略』の「自国の独立を論ず」などを始めとして、福澤諭吉のキーワードはこの「独立」にあり、福澤諭吉の思想と行動は一貫してこのことばに基本がおかれているように思います。
「独立の気力なきものは、国を思うこと深切ならず。」「独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼する者は必ず人に怒る、人を恐るゝ者は必ず人に諛うものなり。・・・・」福澤諭吉の独立の精神は、彼の大阪適塾時代、「朱に交わっても朱に染まらない」行動にも表れ、また、古習の惑溺の一掃を訴えます。また、論語読みの論語知らず、行動責任を伴わない形而上学を好ます、実学を勧めます。
福澤諭吉没後100年を経た今、企業も社会も、あるいは、日本も世界も、真の自立と尊厳が求められています。「一身独立」が国内に限らず、広く世界に理解されたことば、思想だと、切に思って挙げた次第です。世界が新たな変化を迎えた今、福澤諭吉の思想と彼のことばの意味を想い起こしてみたいものです。
社団法人 福澤諭吉協会 「福澤手帳116号」から

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ニッポン人には日本が足りない

「どちらまでお出かけですか」 山あいの温泉街に、ひときは明るく響く若女将の声が聞こえてきます。カルフォニア生まれのジニーさんは10年前、山形県銀山温泉にの老舗旅館に嫁いできました。{日本の習慣になれるのは大変でした。でも、なるほどと思うこともたくさんありました。たとえば、お客様をの脱いだ履物を揃えることとか、襖をしめる時の作法とか。」
「近所で歩いていると、どちらまで?と、みんなに 尋ねられます。最初は変な感じがしたけれど、そうやって声をかけてもらうことで、回りに早く溶け込めました。いまでは私の方から”どちらまで?”と挨拶をしています。」誰もが何気なくミニつけていたはずのおもいやりや心配り。伝えなければならない『日本』を忘れかけているのは、むしろ日本に生まれ育った私たち自身なのかもしれません。
” まず日本人が、日本を知ること。それが国際交流の第一歩です ”
このホームページの管理者の発言 ” 日本人は日本の歴史と、地理と文化を勉強することが大切な気がする”
AC公共広告機構・2003-05-08日本経済新聞から

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トップの流儀 「美点凝視」プラス面を刺激する・人間的成長のストップに、石原慎太郎知事の発言 「老いを迎えて討て」

現代のビジネスマンには、何が必要なのか。特に指導者となる人間には、何が要求されるのか。筆者は三つの条件をあげる。
第一は「問題分析力」である。さまざまな情報や問題を分析し、物事の本質を見極める能力である。第二は未来社会をビジョンとして描き、それを形あるもの作っていく、すなわち「未来想像力」である。そして第三が「人間関係能力」である。
人間は一人では生きられない社会動物である。ある経営者は「その人にどんな才能があろうとも、人間の折り合いの悪いのは使いものにならないね」と強調する。良き人間関係を持続するにはそれなりの工夫があって、筆者は「美点凝視法」を勧める。判りやすく言えば、相手の長所を指摘して位置付けることである。どんな人間にも、欠点があれば長所もあるものだ。欠点を指摘して抑えつけるのも一つの方法であるが、美点凝視はその反対である。
かっての名経営者たち、松下幸之助、木川田一隆、永野重雄、土光敏夫、新藤 恒などはみな一様に叱り方がうまかったが、一方では褒め上手だった。厳しさの中に優しさを同居させて、そうした人間関係能力で人の心をつかんでいったのである。
こうした先輩たちのやり方を実践してきた人に、牛尾治朗は「現代のような時代には自分のことさえ整理がつかず、自分自身を見失っている人が多い。それだけに優れている部分に同調し、知的興奮を与え合う人間関係がますます重要になる」という。牛尾の官界、政界、経済界に広がる人的ネットワークはその辺に秘密がありそうだ。そうした人間関係を持続させるためには、長期間にわたってお互いに与え合う何かを、その年齢に応じて交換することが大事になってくる。
従って、我々は何歳になろうとも、人間的成長をストップさせてはいけない。「老いを迎えて討て」と言う石原慎太郎都知事のように、70の域を超えて成長を続けている人がいるかと思えば、50代になると勉強心を捨てて、過去の人間関係だけで生きて行く人間もいる。成長することを放棄してしまった人には、良き人間関係は持続できないと肝に銘じるべきだろう。
(月刊誌・Agora・March2003・トップの流儀・飯塚昭男著から引用)

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本来の「日本のこころ」にたちかえり、この国をつくりなおさなけれえばならない

この国のつくり直しにあたっては、制度やルールを対症療法的にいじるだけでは話になりません。また、過去の遺産を懐かしく思うだけでは何もすすみません。戦後、経済成長を追及し続け、物質的な豊かさに価値観を置いて来ましきましたが、内面的な「日本人のこころ」をしっかりと確立しなおすことなしに、この国のつくり直しは期待できないと考えます。「日本のこころ」はをわが国に根付かせることが不可欠であること考える次第ですが、ポイントは次の4点に集約されます。
わ:和の精神
勝ち負けだけをきわめる、あるいは何事にも損得ばかりにこだわるのではなく、競いつつも相互の個性を尊重し、「和え物」のごとく第三の風味をうむような、積極的な「和」を示します。「足るを知るこころ」もここにつながります。日本部8んかの特徴である「柔軟性」もこの範疇に入りますし、そうであることかこそ多様な価値観を認め、色々な文化や考え方と調和しながら「共生」してゆけるとおもいます。そこから「おかげさま」の気持ちも自然に出てきます。
れ:礼節を尊ぶ
「礼」とは、社会の秩序を保つための生活規範であり、「けじめ」、「自己抑制」、「謙虚」をあらわします。また、人に不快感を与えず、尊敬されるようなしぐさのことを言い、他を敬い、尊敬の念を持つ心が必要であります。
せい:誠のこころ
「まこと」、「誠実」なことを言い、「信頼」、「人を欺かない」ことを表します。「偽りない、かざらないこころ」、「善悪を分別するこころ」、そして「謙恥」、すなわち、欲心がなく不正を強く恥じるこころを持っていなければなりません。
ぎ:義を重んじる
「利を見ては義を思う」という言葉が論語にあります。これは、利益を追求するときは常に「義」を念頭において行え、という考えもあり、道徳観・倫理観がなければ、いくらルールがしっかりしていようが、万全ではないということを説いています。
明治を代表する実業家の渋沢栄一は、道徳とビジネスの関係を「論語とそろばん」といいました。こえは、「車に、両輪が必要なごとく、単なる利益追求の一輪車では走れないし、永続きしない。道徳というもうひとつの輪を備えた上での利潤でなければ、多くの人の信頼は得られないし、真の繁栄もあり得ない」ということを簡潔に表しています。三井物産の創始者である益田 孝の「士魂商才」という言葉もあり、わが国のビジネス界にも「義」を重んずる考え方が強くありました。 以上のように、「日本のこころ」を4点に集約し、その頭文字をとって覚えやすいように、『わ・れ・せい・ぎ』 とまとめました。
(中部経済同友会が2002年から2003年度にわたり、数々の講演会や委員会の活動成果をまとめた冊子から)

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教 育 雑 感 (某 ・ 日 刊 新 聞 の 「 散 歩 道 」 か ら )

日本は国の原点をもっと教える教科書があるべきだと思う。日本の歴史も正しく教えなければならない。それは最低限のことであるが、日本の海外青年協力隊のメンバーなどは、開発途上国の国旗掲揚があった時に、座っていたと言うことで、張り倒されてしまった。その時初めて、彼らは国の”尊厳”というものを知り、自分の国の尊厳も知ったというのである。
日本の教科書に自衛隊や警察の役割が載っていない。消防の役割はあっても警察の役割はない。ただ災害が合ったときの場合のみ、警察の役割が載っている。自分たちも治安を守るために協力することを教えねばならない。防衛にしても「武装中立」の国はあるが「非武装中立」の国はないことをもっと教えるべきである。
老人をいたわり、親を大切にすることを教えるべきである。税の問題にしても、教育の中で正しく教えていない。日本の場合、大企業はほとんど株式会社であり、サラリーマン財閥である。社長であったとしても、一時を任せられているだけで、従業員のひとりである。そういう現実を正しく教えなければならない。
宗教教育も必要になってくると思う。神仏を忘れた人間存在というものは、いかに空しいかということを知るときがくると思う。今の教育では神が芸術の一つとして、仏像のような評価しかしていない。人間の尊厳に基ずくものである。”感謝するとか””畏敬する”とかは人間に必要なことである。
親は子供と一緒にノートを見たりして学ぶことがあっていいと思う。しかし、親は学校や塾に任せっきりである、もっと気持ちのふれあいを持つべきである。子供と一緒に驚き、喜ぶ。そういう教育が必要ではなかろうか。
(愛知県議会議員 筒井タカヤ)

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