話の広場
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「 一 宮 」 は 全 国 の 9 6 社 も(真清田神社宮司 飯田清春さん)

明治維新の前の愛知県は、尾張・三河の国の二州であった。岐阜県は美濃と飛騨の国、三重県は伊勢、志摩、伊賀の国、長野県は信濃の国、静岡県は遠江、駿河、伊豆の国とに分かれていた。荘園制度が確立してきた平安時代末期の12世紀に任命された国守(現在の知事?)は、中央より任国に赴くと、最初にその地域住民が最も崇敬を寄せている神社へ参拝した。
最初の神社を一宮と称し、次が二宮、三宮と称せられた。800年以上の歴史が経過すると、栄枯盛衰があり、一宮が別の一宮にその地位を明け渡さざるを得なくなったことも。一宮が三社もある越中の国の例がそうだ。全国の一宮の宮司で作る「全国一の宮の会」の調査では、一宮の神社は全国で96社。愛知県一宮市は1921年に市制を施行。
尾張一宮真清田神社に伝承されてきた、鉄鏡の円筒に五鈴鏡(れいきょう)をモチーフにしている。情報産業、輸送機関の目覚しい発達で、世界規模での交流が盛んな現在、グローバル化がいかに進展しても、自分の生まれ育った故郷と、自国に対し、素直に誇りを持てなければ、結果的には街の活性化も、国の繁栄も、世界平和への貢献も出来るとは思えない。      (2002年6月・中日新聞・尾張版)

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よく守り、よく攻めよ

失われた10年に対する反動か、経営者の心情も最近になってようやく変わってきた。ソニーの出井伸之会長に代表されるように「もういかに生き残れるかではない。いかに勝ち抜くかという姿勢に切り替える必用がある」守りから攻めへのシフトが強調される。もともとマネイジメントは、攻めながら守り、守りながら攻めるところにある。
守りか攻めのどちらかに、一方的に片寄ることは、実に危険なのだが、90年大は余りにも守り一方に徹しすぎた、しかし、心ある経営者たちは、ようやくここにきて気を取り直したのではないか。「攻撃は最大の防御である」ことを、改めて思い出した。つまり、守りから攻めの経営に転じてこそ、企業の明日が保証されるのである。
リストラの追われている企業の中で「今は守り。辛抱のときだ」と言う経営者がいるが、こうしたしせいでは前途多難であろう。日産のカルロスゴーン社長を日本の経営者が見習うべきは、ゴーンの手法、つまり攻守のコンビネーションであろう。
最初の三ヵ年計画では徹底した守りをやり、次の三ヵ年では攻めに転ずる。そのタイミングが小気味よい。日本経済が再生するには「ゴーンに出来て、我々日本人が出来ない理由はない」と、多くの企業家が確信に満ちた気概をもたなければならない。     
(JAL月刊誌Agora・8月号)

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シングル族の増加

最近、若年、中年を問わずシングル族が増え、出生率(2001年)も、1.33と史上最低を更新中、自由な時間、気楽さ。快適な親との同居など社会生活上の魅力、コンビニ・電化製品の普及、女性の経済力向上、社会的プレッシャー低下など婚期の必然性の低下、高い教育費、女性に偏る育児負担など結婚のコスト・リスクが相乗的に左右してしている結果でしょうか!!
家族には成長があり拡大する喜びがある反面、子供の成長に伴い、やがて解散がやってきます。一方、シングルには成長も全盛もなく、一人で生活を律する寂しい(?)安定があります。どちらを選ぶか。まさに新しい社会の重要なテーマとなりそうです。
(2002年6月・中部経済連合会7月号)

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 「 自 己 責 任 時 代 」 の 扉 が 開 (竹中平蔵・経済財政担当大臣)

企業の雇用体系や賃金・退職金制度の見直しなどによって、自分自身の将来像が従来通りには描けなくなった。こうした中で将来に向けた資産運用やリスク管理を自ら判断し、その結果に責任を負う「自己責任」の時代が本格的にはじまろうとしている。
同時に、民間の活力を生かした日本経済の再生、その基盤となるマーケットの活性化や個人が幅広く参加できる環境整備が、将来への推進力を生むための重要なテーマの一つになっている。かって日本は、「こうやればうまく行く」という成功事例が示されていた。いま日本は技術的にも所得的にも、未踏のフロンティアに立っいる。「リスクを取らなければリターンはない」という考えは、今となっては当然という認識の人が多くなった。例えば、日本企業は終身雇用・年功序列制度のもとにあり、働く人は一種の安心感を抱きながら「リスクはない」と考えてきました。しかし、これは違う。今までは企業がリスクを負っていた。
これは資産運用も同様で、これまでの日本にはミドルリスク・ミドルリターンの金融商品が相対的に手薄であったことは事実。ミドルリスク・ミドルリターンの好例が投資信託である。リスク管理は基本は「人」にある。能力の高い人材が育っていくことが何より大切。しかい、資産運用にかかわる金融工学の講座は日本にはいくつもない。
これからは、「知」に対する価値を見いだせる教育が必要。知的変化とは、言うなれば人間の変化です。それには長い時間がかかる。アメリカで大学改革がはじまったのは1970年代で、花が開いたのは1990年代だった。日本も長期的スタンスでの教育改革を進めるべきでしょう。 
(2002年3月・日本経済新聞)

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弁護士・中坊公平氏の講演

部屋の中から窓を見ると窓は一つの点えあるが、窓に近ずくと空(現場)が見えてくる。
70歳に達して思うことは、父と母が私を子供として認めた事だと思う。1960年に司法試験に合格して、1962年に弁護士となった。弁護士になった時は、お客も無くて大変だったが、今思うに「良い仕事は、適当な利益と品質の向上が大切」と考えている。
弁護士・中坊公平としては
1. 現場主義者であること
現場の中に物事の本質が見える(現場に神宿る)六官(考える)を使って現場を体験しないと、人は説得できない。現場体験からの迫力と連想が必要になる。物事の先は読めないし、時は人を待たないから、現場を制するものが」全てを制することになる。
2. 株式会社・整理回収機構の社長
1995年6月に社長に就任。司法の理念を実現するため、法律家として責任をとる為に働いた。 回収の手法は「公正と透明」に徹した。●闇の勢力とは手を結ばない ●血も涙もない回収はしない ●けじめをつける ●透明は「情報公開の義務」
   (憲法82条)である?国民に負担を掛けたくないと言うことで会社経営にあたった。
3. 会場の皆さんに
弱者でも生きられる社会、弱者だから他人の痛みがわかる社会、エゴの充満した日本から脱出して「タテ」の「公」より「ヨコ」の「公」を重視して、国民主権の実質化に努力してもらいたい。中坊公平弁護士の締めくくりの言葉は「一燈照隅」「万燈照国」
(2000・11・19・国際ロータリー2760地区大会)

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人事異動の季節 ・山下飛び と 川口飛び 「 組織を変えるには、人を変えよ」

人事移動の季節。自分に関係ない会社や役所の人事は「ひとごと」よ呼ぶのがふさわしいが、なかには注目すべきものがある。中部電力のトップ人事もその一つだ。60歳の川口文夫氏が末席の常務から、いきなり社長に抜擢された。取締役になってから、4年足らず、副社長など上席役員16人(自分を含)を飛び越しての就任だ。電力10社で最年少。
「次の次」と見られていたが一世代を飛ばして約2万人の頂点に立つ。ごぼう抜き人事の前例は24年前、松下電器産業、松下幸之助氏の指名で序列25番目の平取締役からの社長就任があった。東京五輪の体操で飛び出した「ウルトラC」と同じ「山下飛び」と言われた。山下氏は9年間社長を務めての自らの抜擢を解説した出版書「大企業病」は松下を荒療治するためのトップ人事だったと言う。中部電力の「川口飛び」も狙いは変わりあるまい。
電力の自由化など業界の激しい変化の時代「思い切って若返りを図って会社を変えないといけない」と安部浩平会長が語れば、川口氏は「第二の創業期と思っているので、会社を変えたい」と受けた。組織を変えるには、人を変えよ。これが鉄則である。
(中日新聞朝刊「中日春秋」より)

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脚本家・演出家からのメール

この不景気の中で頑張っている事を聞くとほっとします。私もきりきりしながら頑張っています。でも年です。あと何年頑張れるか、自分でも人生が不思議に見えてきました。 お寺に生まれ、芝居をやり、脚本を書き、これも岐阜高校演劇部のために書き始め、中国公演をやり、全国公演をとなり、さらに映画化となるなんて、人間と言うものはどこへ行くのか、どこへ収まるのか不思議です。いずれにしてもあと何年かすれば、みんななくなるのです。
この寂しさが仏を必要とするのでしょう。この頃、そんな本ばかり読んでいます」と言う内容でした。文中の岐阜高校は、当時・愛知淑徳高校と毎年大会で文部大臣賞を争っていた・中国公演・全国公演、映画化とは、途中でタイトルが変わったが、ご本人の脚本「郡上一揆」のこと。
(こばや しひろし氏劇団民芸の故宇野重吉と親交が深かった。(株)アイチテクノ・遠山堯郎の恩人 )

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ツキを上げる女性

相性・四柱推命は同じグループに属する組み合わせが良く当たる。最近は合コンだの出会いサイトだの機会も多くなった。「男性の運を上げる女性・下降させる女性」は確実にいるそうだ。筆者が関係した、男女の別れ話は、飛ぶ鳥を落とす勢いの男社長が、「カミさんに浮気がバレました」と言うので筆者は、「占いでは、ダンナの浮気くらいで怒る奥さんじゃない。奥さんは社長のツキを上げる星を持っているから!」と言った。
彼女も奥さんと同じ星を持っていたので、筆者は「奥様も彼女も、社長の運を上昇させる女性ですよ」と言った。社長は離婚して彼女と結婚するが、間もなくして筆者のところへ、「会社はガタガタ、倒産寸前!!」の相談に来た。
浮気相手の彼女は年齢を三歳ごまかしていた。四柱推命(生年・月・日・時)でその人の運命を占うが、筆者は調べて言葉を失った。男社長をガタガタにする女性だった。社長はガックリと肩を落とし、その後彼女と別れて、会社は何とか倒産を免れた。この話の後日談は、気の毒な奥さんは数年後に若き芸術家と再婚その芸術家は、結婚直後に大きな賞を取って脚光を浴びたそうです。
(2000・2月JAL月刊誌・シナリオライター・中園ミホ著より引用)

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これは、自然の湖ではありません。

これは、自然の湖ではありません。完成当時は東洋一の人造湖です。
日本人・八田與一翁が台湾南部・嘉南平野を3毛作の穀倉地帯を完成させた。
その面積は、150,000ヘクタールで、日本の香川県の面積に相当する。水源に貯水量、1億5,000万トンの烏山頭ダムを造り、1万6,000kmの給排水路を張り巡らせて灌漑するというもので、途方もない工事内容であった。毎年5月8日、八田與一翁の命日には、今でも現地の人たちにより慰霊祭が行われている。
このHP管理者、株式会社アイチテクノの遠山堯郎は、1995年から、12回は慰霊祭に参加する。現在は、没後50年を過ぎたので墓前祭として毎年5月8日に烏山頭ダムで開催されている。

台南水利協会主催のシンポジュームに参加この写真は、2000年5月4日、
台南水利協会主催のシンポジュームに参加の遠山堯郎。
写真右は、当時・台湾総督府顧問の「許 文龍氏」

個別ページへ |Posted 2006.7.29|