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話の広場

イチロー引退の日 (メジャーリーグ・丹羽政善)


とっさの判断だった。フィールドに流れこもうとしたカメラマンらを体を張って制した。その意味を理解したのか、それにあらがう人もいなかった。2019年4月30日、再びマリナーズの会長付特別補佐に就任し、外野守備、走塁、打撃のインストラクターとして指導者の道を歩み始めたイチロー。3月21日の流れについて、J・スタンド会長は「決まっていたことと、そうではなかったことがある」と振り返った。

試合後、ファンが球場を離れず、イチローの名前を呼び続けたのは、後者だった。 米メディア向けの会見を終え、通訳からそのそれを伝えられたイチローは、K・グリフィー・ジュニアからも「早く行ってやれ」と促された。三塁側のダッグアウトから飛び出したときの歓声は地鳴りを伴い、イチローが場内一周を始めると、悲鳴にも近い声も漏れた。三塁側からファオルラインを越えないよう、身をていして止めた。結果的にイチローはフィールドにたった一人となった。イチローとファンのの間には広い空間が生まれた。

【劇的な別れ 粋な計らい】
4月半ばのこと、今年から名前が「モバイル・パーク」と変わったマリナーズの本拠地にあるメディアダイニングにいると、たまたまその男性がいた。「日本にいましたよね!」と聞くと「あぁ、いたよ」 「最後、フィールドに入ろうとする人たちを止めていましたよね?」「あぁ、あれは私だ」名前をビクターさんという。あのとき大リーグ機構から派遣され、セキュリティを担当していた。

なぜあのとき、止めたのか?その質問にビクターさんはこう答えた。
「場内を一周しているとき、カメラマンに囲まれて、イチローの姿がよく見えなった。イチローにもファンにもスペースが必要だと思った。互いにはっきり、姿が見えるように」ではは、なぜ、そう考えたか?の質問に「イチローに対する敬意とファンへの思い」そんな配慮が最後、あの劇的な別れを演出した。粋な計らいだった。(2019.05.15.日経新聞)

|Posted 2019.5.20|